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函館家庭裁判所 昭和63年(少ハ)2号 決定

少年 H・Y(昭44.8.29生)

主文

少年を中等少年院に戻して収容する。

昭和63年少第651号及び同第0744号事件について、少年を保護処分に付さない。

理由

1  昭和63年少ハ第2号事件について

(申請の要旨)

少年は、北海道地方更生保護委員会の決定により昭和63年3月28日北海少年院から仮退院を許され、函館保護観察所の保護観察下にあるものであるが、仮退院に際し、犯罪者予防更生法34条2項に定める法定遵守事項のほか、同法31条3項に基づく特別遵守事項として、

1 人命の尊いことをいつも思い、不法な行いは決してしないこと

2  学業と職業とを両立させ、明るい人生を築きあげること

3  母や保護司によく相談し、その指導に従うこと

4  被害者の冥福を祈ること

などが定められたが、同年7月5日午前1時過ぎころ、北海道亀田郡○○町内等で道路交通法違反(酒気帯び運転、速度違反等)を犯し、更に、同年8月24日に自動車運転免許が取り消されたにもかかわらず、同日午後10時30分ころから翌25日午前1時過ぎころまで、函館市内等で自動車を無免許で運転したほか、母に対し、同年7月20日午前11時過ぎころ、電話で「今日の午後5時までに自殺しておけ、そうしなかつたらただではおかない。」などと暴言をはき、その後も再三にわたつて「てめえ殺してやる。」などと申し向けるなどして脅迫し、また、同年8月14日ころ、自宅においてシンナーを吸入するなど、法定遵守事項である「善行を保持すること」に違反する行為を繰り返している。このように、少年の生活全般にわたる行状は悪化の一途をたどつていて、保護観察を受けて更生しようという意欲にも欠けており、もはや保護観察による少年の改善更生は期待できないから、少年を中等少年院に戻して収容し、再度の矯正教育を受けさせるのが相当である。

(当裁判所の判断)

少年は、同棲中の女性と心中しようとして同女を絞殺したことにより、昭和62年5月20日中等少年院送致となつて(当庁昭和62年少第360号殺人保護事件)北海少年院に収容され、昭和63年3月28日仮退院を許され、上記各遵守事項を定めら、れたうえ函館保護観察所の保護観察下に置かれたものであるところ、当初は在院中に合格した定時制高校に通い一応安定した生活を送つていたが、同年5月末に自動車運転免許(普通)を取得して母に無理強いし普通乗用自動車を購入させた後は、車中心の生活になり、保護観察所の注意や助言にもかかわらず、深夜車で街を流すようになり、それにともなつて高校も遅刻や怠学が目立つてくるなど、生活が乱れ始めてきた(結局同年7月19日に高校を退学)。そればかりか少年は、ガソリン代等を母にせびつて家計が苦しいと拒絶されたり、あるいは自宅に置いていたシンナーを母が隠匿するや、母に罵声を浴びせるなど、事ごとに母に反抗する姿勢を強め、脅迫じみた極端な言動にさえ及ぶようになつた。そして、少年は同年7月5日には、酒気帯び状態で自動車を走行中(飲酒しながら運転さえもしている)、パトカーに発見されるや、速度違反・はみだし禁止違反を繰り返しつつ逃走するという道路交通法違反(その具体的非行内容は別紙第1ないし第8記載のとおり)を犯して検挙され、その後同年8月24日の公安委員会の聴聞会で免許取消しを言い渡されたのに、同夜も平然と自動車の運転を行つていた。しかも、この間少年は、母の制止を無視して再びシンナーの吸入さえも始めていた。

以上の少年の行状は、上記法定遵守事項の善行保持義務(犯罪者予防更生法34条2項2号)に違反するのみならず、上記特別遵守事項3にも違反することは明らかであり、仮退院後わずか半年足らずの間に、到底このまま見過ごすことのできないような無軌道状態にたち至つているといえる。このうち少年の母に対する異常ともいえる言動については、長年の家族間の複雑な人間関係等により欝積した母に対する愛情欲求不満の屈折した表現とみることもでき、また、これまでの母の少年に対する接し方に適切を欠いた点もなくはないが、少年においていたずらに母との信頼関係を破壊するような行動にのみ走つている現状では、健全な母子関係の形成は困難な状況にある。そして、母は、決して少年を見捨てたわけではなく、母なりに少年を理解しようと努めてはいるが、少年の行動に恐怖心すら抱き、その監護に自信を失つている。確かに、少年の年齢に比しての精神の自立・発達の遅れ、性格の偏奇さは、亡父と母との不和等これまでの家庭環境にも原因のあることが窺われるものの、少年は、前件での矯正教育を経てもなお自己の行為に対する内省が深まつておらず、むしろ強い被害感情を根幹とした自己中心的で責任回避的な発想が根強く、このままの状態で少年を社会内処遇に委ねた場合、再び逸脱行動にはしるおそれは大であると認められる。

したがつて、この際、少年の年齢・非行性等をも考慮して、少年を中等少年院に戻して収容し、個別処遇を中心とした矯正教育を受けさせるのが相当と考えられる(なお、少年には、幼少時の頭部外傷が原因と思われるてんかん症状が認められるが、特別の医療指置までの必要はなく、抗てんかん剤の服用で対処しうる程度のものであるから、この点は、少年を中等少年院に収容することにつき障害となるものではない。)。

2 昭和63年少第651号及び同第0744号事件について

少年には、別紙第1ないし第8記載のとおりの道路交通法違反(昭和63年少第0744号事件)及び別紙第9記載のとおりの毒物及び劇物取締法違反(同第651号事件)の各非行事実が認められるが、上記1に説示したとおり、少年を同年少ハ第2号事件により中等少年院に戻して収容することとしたので、これらの事件につき重ねて保護処分に付する必要はない。

3  よつて、昭和63年少ハ第2号事件につき、犯罪者予防更生法43条1項、少年審判規則55条により主文第1項のとおり、同年少第651号事件及び同第0744号事件につき主文第2項のとおり、それぞれ決定する。

(裁判官 岡田雄一)

(別紙)

少年は、

第1 酒気を帯び、呼気1リツトルにつき0.25ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で、昭和63年7月5日午前1時6分ころ、函館市○○町××番地付近道路において、軽四輪貨物自動車を運転し

第2 前記第1記載の日時、場所において、前記自動車を運転して進行中、同所が北海道公安委員会において道路標識及び道路標示によつて追越しのため道路の中央からはみ出して通行することを禁示している場所であるにもかかわらず、自車の前方を走行中の車両を追い越すにあたり、約100メートルにわたつて道路の右側部分にはみ出して通行し

第3 同日午前1時7分ころ、同市同町99番地付近道路を前記自動車を運転して進行中、同所が前記第2と同様中央からはみ出して通行することを禁止している場所であるにもかかわらず、自車の前方を走行中の車両を追い越すにあたり、約100メートルにわたつて道路の右側部分にはみ出して通行し

第4 同日午前1時8分ころ、北海道公安委員会が道路標識によつて最高速度を40キロメートル毎時と定めた北海道亀田郡○○町字○○×番地付近道路において、右最高速度を超える102キロメートル毎時の速度で前記自動車を運転し

第5 前記第4記載の日時ころ、同郡○○町字○○××番地付近道路を前記自動車を運転して進行中、同所が前記第2と同様中央からはみ出して通行することを禁止している場所であるにもかれわらず、自車の前方を走行中の車両を追い越すにあたり、約300メートルにわたつて道路の右側部分にはみ出して通行し

第6 同日午前1時10分ころ、同郡○○町字○○××番地付近道路を前記自動車を運転して進行中、同所が前記第2と同様中央からはみ出して通行することを禁止している場所であるにもかかわらず、自車の前方を走行中の車両を追い越すにあたり、約200メートルにわたつて道路の右側部分にはみ出して通行し

第7 同日午前1時16分ころ、同郡○○町字○○××番地付近道路を前記自動車を運転して進行中、同所が前記第2と同様中央からはみ出して通行することを禁止している場所であるにもかかわらず、自車の前方を走行中の車両を追い越すにあたり、約300メートルにわたつて道路の右側部分にはみ出して通行し

第8 同日午前1時17分ころ、同郡○○町字○○付近道路を前記自動車を運転して進行中、同所が前記第2と同様中央からはみ出して通行することを禁止している場所であるにもかかわらず、自車の前方を走行中の車両を追い越すにあたり、約100メートルにわたつて道路の右側部分にはみ出して通行し

第9 同日午前1時21分ころ、同郡○○町字○○××番地付近の路上を走行中の前記自動車内において、みだりに吸入する目的で、興奮、幻覚又は麻酔の作用を有する劇物であつて政令で定める酢酸エチル、トルエンを含有するシンナー約500ミリリツトル入りサンフイル瓶1本を所持し

たものである。

戻し収容申請書〈省略〉

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